☆ Asteryskar ☆

【機械惑星編】

『衛士復活』
-「衛士復活」-

「ヴィッダー、それがとても嬉しくて、ついこう叫んでしまいました。『主さまー! ヴィッダーはやりましたよー!』と!」
「言ってたねぇ。嬉しかったもんねぇ」
「良かったですね〜」
「ほっほっほ、そのようなことになっていたのですなぁ」
「随分と健闘したのね」
「そうしてシドは、再びわたくしイドロフォーや皆さまと御一緒しております次第でございますっ」
「……おう」

 ようやくひと区切りついた説明にため息をつくのは、これまで国の任務や〈災厄〉討伐に尽力してきた、国長直属飛行士及び衛士シド。手元に返されたトレードマークの髪留めを力無く握り、苦笑いにもうひと息吐く。長く垂れる前髪は眼許を隠し、翳る顔付きが未だ窶れて見える。

「〈雪〉の中からお掬い(・・・)した後、御身体の表面の損傷が著しかったので、いくつか針を入れさせていただきました」
「そっか」
「違和感はありませんか?」
「んー……今はまともに動けそうにねえから、後で確認するよ」
「そうでございますかっ」
「おう」
「それでは、これまでの御説明で、何かご不明点などはありませんかっ?」

 元気いっぱいの表情で距離を詰めるヴィッダーを、シドは片手で差し止める。

「いや、俺が目醒めた経緯(いきさつ)はよく分かったし、ヴィッダーもイドロフォーもイヴと同じで『ノーテンキ』だってこともよく分かった」
「ややっ? このヴィッダー、これでも悩み悩まし綿雲でございますよ?」
「わたくしイドロフォーも、主さまのように深くあぶくを携えます〈雫〉でございますっ」
「ははは。そりゃ悪りい」

 水塊より砕ける〈雫〉を携える二つの綿雲が、顔色の優れないシドの周りを周回する。

「そのあと、物見櫓で一度お目醒めになられたので、ヴィッダーが今し方致しました御説明をご静聴頂いたり、僅かながらみなさまと御歓談頂いたのですが」
「いや、それは覚えねえな」
「然様でございますかっ」
「俺が覚えてんのは、ネクターが、俺が息を吹き返したって言ってたところまでで、それから今まで覚えがねえよ」
「なるほどっ」

 シドは髪留めを傍らへ置き、ヴィッダーの話に相槌を打つ。
 ヴィッダーは無事に寒冷離島を発ったのち、対岸で待ち合わせをしていたグランツィーリーと共に、グランツィーリーの〔ガレージ〕のある『旧集落地』へとシドを運んだのだという。

「『旧集落地』までお連れしたときに、最初はペールレインのアトリエにある寝台へと運んだのです」
「おう」
「ですが」
「おっ?」

 翌朝から昼ごろにかけてシドが呻き続けたこと、目を開けたはいいが反応が無く、しかし、幾度も起き上がろうとしていたことをヴィッダーは告げる。話を聞き、引き攣った表情を見せるシドに、ヴィッダーはシドが四度、覚醒と昏睡を繰り返したことを付け足した。

「そっか……悪りかったな、大変だったろ?」
「いえいえっ。その頃には、シューティアやシュッツェ、グランツィーリーも居りましたのでっ」
「ああ……大将」

 金と灰の眼がグランツィーリーを振り返る。

「何ですかな」
「さっきのもそうですが、迷惑お掛けしてマジで済みません。まともに動けるようになったら奢りますんで……」
「ほっほっほ。構わんですぞ」
「はは……でも、これまでの話を聞いてると……なんか、前に〔ゆめ〕をぶった斬られたときの俺みたいな挙動してんのな」

 あたまを掻く手を離し、シドは手刀を振り下ろしながら苦笑いする。

「〔ゆめ〕ですかっ」
「〔ゆめ〕を斬られた、ですかな」
「そうね、それに近いかもしれないわね」

 ヴィッダーとグランツィーリーが首を傾げる傍ら、真白の着衣を大輪のように靡かせて進み出たのは、真白い光芒の光源——ディ・ライト。

「衛士さん。貴方がここへ運ばれて、こうして目醒めるまでに、もう七日もの〔昼夜〕が経っているのよ」
「え、七日もすか」
「貴方が何度も寝たり起きたりを繰り返すと聞くものだから、ノヴィに衛士さんの様子をしばらく見てもらっていたの。そしたら、ちゃんと〔ゆめ〕を見てるっていうものだから」
「ああ……はは、そっすか」

 ディ・ライトは空中を滑り、シドの座る寝台へ片手を付くと、もう片方の手で目隠し代わりの光輪を傾け、麗しく微笑んだ。

「良かったわ。息を吹き返して、また、ここへ戻ってきてくれて」
「んー……心配、かけましたね」
「私はいいのよ。ノヴィも、貴方が戻ってきたことをとても喜んでいたわ」
「当のノヴィは?」
「集落に居るわ。今夜は〔ステージ〕の日だから」
「そっか」

 そこへ割って入るように、サフォーレがシドの眼前へ進み出た。

「飛行士にーさん!」
「おう、サフォーレ。さっきは悪り」
「ぼくの新作、なん着溜まってると思います?」
「ああ、うん。着るよ」
「違います、なん着あると思います?」

 より前のめりに迫り来るサフォーレに、シドは目を瞬かせる。

「あー……ネクター?」
「は〜い」

 シドはサフォーレの向こう側にいるネクターへこうべを傾げた。

「俺ってさ……結局、どのくらい息、止まってたかな」

 シドと同じようにこうべを傾けるネクターが、いつも通りの間延びさで、両手の仕草を交えながら話し始めた。

「詳細な〈暦〉は判り兼ねますが〜、衛士さんが〔御隠れ〕になったのは〜、前回の〈晩春〉の頃ですね〜。今は、今季の〈晩春〉も通り過ぎて、〈初夏〉を目前に迎える〈季節〉かと〜」
「はー……『なんだかんだ』で星ひと巡りしてんのか。だとすっと……」

 シドはサフォーレに向き直り、寝台に胡座を掻いて考え込む。

「つまり、星ひと巡り分の新作だろ? 前回の〈春〉は見に行ってっから、そん次の〈夏〉からか。〈夏〉はみーんな薄着にすっから数多いし、前に見に行ったときは野郎のだけで二十着はあった気がすっけど、その中で俺が選ぶのは〔アクロ〕すんのに手軽な、袖が無くて肩の出るやつ。〈秋〉は割と凝ったやつ多いんだよなー……でも、俺が好みのやつは一着か、多くて二着。〈冬〉はいつも分厚くなるから野郎のは一着くらい。で、〈春〉は国中に〈春風〉吹かすっていつも大体全体で七から十着くらい作るだろ? 一番多くても十一着か」
「あったりですさすが」
「で、今回の〈春〉の新作のうち、きっと子どもらの服は五着程度、ご婦人のは……多分三着か? 野郎のはきっと三着のうち俺が選びそうなのは一着」
「はー……」
「だろ?」
「勿ち勿ち」
「ちなみに〈冬〉は?」
「好み、押さえてありますます」
「じゃあ〈夏〉はいつもの、〈秋〉は上着が有んならそれも、〈冬〉と〈春〉で着るのは二着な」
「はいはい」
「で」
「はい」
「〈今夏〉の新作は楽しみにしてるぜ?」
「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
「ははは……」

 喜びに両手を広げ立ち上がるサフォーレを見上げ、シドは咳き込みながら力無く笑った。
 次には咳き込み続け、再び深くからだを臥すシドへ、グランツィーリーの分厚い手が差し伸べられる。

「〈呼吸〉、御辛いですか?」

 顔を覗き込み、水塊の小首を傾げるヴィッダーへ、シドは静かにかぶりを振る。

「〈呼吸〉は問題ねえ……多分、他……」

 笑みの遠のくシドの視線が惑うように墜落し、体勢を崩して間もなく目の前に居たサフォーレに倒れ込む。

「……悪りい」
「だいじょーぶです!」
「シド殿こそ、大丈夫ですかな」

 針糸を持つような手つきがシドを支え、追ってグランツィーリーの両手が寝台へと引き戻す。

「何度も済みません……大将」
「ほっほっほ。目醒めたばかりなのですから、無理はなさらぬよう」
「はは……情けねえな、こんな」
「にーさんは、どっこも情けなくなんかないですっ」
「おう……頼もしくなったな、サフォーレ」

 褒められて、からだを小刻みに震わせるサフォーレから視線を逸らし、グランツィーリーへ再度労うと、シドは息も切れ切れの表情で力無く微笑んだ。

「そもそも、さっきから(リキ)入んねえし、多分、寝過ぎて腹減ってんじゃねーかな……」
「それではですね〜」

 その言葉を待っていたかのように、ネクターが両手を合わせて歩み寄った。

「ネクター特製、〈春〉の菜〈シチュー〉と果実絞りの御飲み物をお作りしておりますよ〜。皆さんで御食事にしましょう〜」

 ネクターへ振り返る皆の表情はきっと誰もが微笑んでいる。
 シドは、青褪め始めた顔付きのまま、快く頷いてみせた。

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