海の見える市場町は、未明と共に喧騒を歌い出す。
波止場から立つ汽笛の音。
車輪を漕ぐ青年の声。
窓の白い四輪車の行き交う音。
赤い郵便受けに今日の便りの届く音。
それが、毎日の目覚まし代わり。
その日は寝所から飛び起きてすぐ、テーブルに置いていたそれを掴んで駆けだした。扉を元気よく跳ね除けて、大鏡の前で滑り止まる。
いつも通りの顔つきが今日も溌剌として明るい。それを金の眼で確かめて、握り込んだ手の中の、貰ったばかりの髪留めで、人並みには長めの髪を纏めてみた。
集落の子どもが作ってくれた髪留めは、空色をした大判の生地に燦々と輝く輪彩を、覚えたばかりの針遣いで描いたという。なんとも子どもらしく優しい発想だろう、懸命な逸話が嬉しくて、これから仕事だというのに、また顔が緩く綻んでしまう。
柄は飛行服の防寒帽に覆い隠され、全く以って見えなくなるが、纏っているだけで子どもたちの〔想い〕を感じ取れる心地がして、今日も身体の奥底からとても温然でいられた。
もう一度、大鏡の前で身体の調子を確認する。
引き締まった体躯が頼もしく拳を突き出している。
船内から覗く窓の外では、世界が〈冬〉支度を進めて忙しない。
届いた便りを取りに行く歩度でエンベロープの点検と外周をひと回りする。船内に戻ると車輪を回して、街中へと仕事開始の合図を打つ。
早速、いつもの面々が顔を出しに来てくれる。挨拶の声が重なりだし、人々の笑顔が見え隠れする。新顔には手早く簡潔に説明して、お互いが納得のいく約束を交わしていく。
飛行服で着膨れした姿が何度も大鏡を横切って震えた。
今日も寒さを推して運ばれたがる積み荷が船内を埋め尽くしていく。
ハーネスを背負い、手袋を嵌めて、搭乗する人数と荷物の輸送先を確認し、口角をにかっと上げた。
『うらお前ら、今日も〔フライト〕キメるぜ! 飛べねえやつと自力で戻れねえやつは〔甲板〕に出んじゃねえぞ!』
金に輝く眼光が船内に猛る。
威勢の良い返事が一斉に沸く。
積み荷荒らしに突き付ける銃口と、困っているひとへ迷わず差し出す広い手を以って、大事な〔御役目〕を今日も背負い、計器を確認して操縦桿を握った。
間もなく浮き上がる船の速度は鼻歌よりも緩やかに発つ。
見霽す風景は約束の高度。
感じる度に心地良い風圧。
自由をもたらす軽快な速度。
それらは、自らが刻む悠久のリズム。
季節が移ろうとも、天候が荒れようともそれは久遠に変わらない。
翼を広げた空飛ぶ船は、今日も旭光の迸る大空を駆ける。
人々の〔想い〕を載せて、東の端から西の端まで飛んでいく。
自らの〔想い〕は胸に秘めて、確かな手付きで船を飛翔へと導く。
風が色を織り交ぜて、金と灰色の景色が雲と光の筋となる……