『今からお前は、サフォーレに就いてやれ。俺はこの先、独りでいい』
そう、貴方さまからこの場所で、そんな言葉を掛けられたこともありましたが、ヴィッダーは主さまの御意向を全うすることが何よりもの最善。ですから、一度は御勤めから離れてしまったヴィッダーですが、もう一度、今度こそは貴方さまへ一途に添い遂げようと心に決め、託された〔御役目〕を遂行すべく、この寒冷離島へと戻って参りました。
しかも、今回はヴィッダーだけではありません。サフォーレとネクター、そしてイドロフォーと共に赴いたのですっ。なぜそんな大人数でだなんて、言うまでもありません。みなさまの御心はただおひとつ、貴方さまのことをただただ思っていらっしゃったのですよ。
「ねね、お掃除ねーさん」
「どうされましたか〜、サフォーレさ〜ん」
「お掃除ねーさんまでいらっしゃらなくても良かったんじゃないの? ここまじで寒いよ?」
「ネクターは〜、イヴさんとの『御約束』と〜、十一番目の雫さんのお手伝いをするために来ているのです〜」
「はーわわ……このわたくしイドロフォー、この身を以て本日の御勤め、邁進してまいりますよっ!」
みなさまが思い思いにお話しされながら寒冷離島を進んでいくのを、ヴィッダーは後ろに下がってみておりまして。
はっ。サフォーレは、それこそどうしてもついていきたいと仰いましたから、このヴィッダーの〔御役目〕のお手伝いを是非とも覚えていただきたく御連れしたのですよっ。何せ、このヴィッダーと同じく裁縫上手のサフォーレでございます、きっと、ヴィッダーの針捌きをも憶えてくださるはずでっ。
「でも、星ひと周り以上も前のことだよ? もう〈雪〉に埋まってて見つからないんじゃないの?」
「それは、このわたくしイドロフォーにお任せくださいっ! 〈雪〉も元を辿ればこのわたくしイドロフォーやヴィッダー、そして主さまとも同じ御身体の造り、そこに〈不浄〉の成分が存在するなら、わたくしイドロフォー、すぐさま見つけられますともっ」
「わーお。どんな感じで?」
「わたくしイドロフォーが〔診察〕の要領で雪の中を看破致しますっ」
「あぁ、前にカミナリさんがお掃除ねーさんにやったみたいにかな」
「ネクターは〜、憶えがありませんが〜」
「うんうん、そーだったよね」
「では早速! わたくしイドロフォー、御勤めさせていただきますっ!」
霧散した水蒸気の体躯となったイドロフォーは、このヴィッダーよりも上手に〈積雪〉の中へ潜り込み、からだが冷え固まらないよう気を付けながら〈不浄〉の在処を探知してくださったのです。
このときは〈吹雪〉もなく穏やかな、しかしながら真っ暗闇な〈雪道〉でした。なんせずっと陽の射さない寒冷離島ですからねっ。
そんな穏やかな〈雪道〉をより奥まで進んだ先、突然、イドロフォーから合図の紫電光が輝いたのですっ。
「はいっ! わたくしイドロフォー、〈不浄〉の気配を察知致しましたっ! 成分からして〔蜜酒〕で間違いありませんっ」
「なーんにもない、真っさらな〈積雪〉だけど」
「大体、十尋ほど深い〈雪〉の下だと思いますっ」
「待ってそれどれだけ掘るの?」
「大変そうですね〜」
皆さまは重い思いを口にしながら、深い〈雪〉の奥深くまでどうやって掘るかを考えましたっ。今手元にありますのは、みなさまそれぞれが御愛用の御道具と、暗がりの〈雪道〉を進むための〔カンテラ〕、そして、サフォーレが御造りの防寒着と、非常時の寒冷対策にはスミス・クラッシが御造りした発熱体『みつほし』を。
まもなく、ネクターは防寒着から『みつほし』を取り出してくださいまして。起動すると、周囲がちょっとだけ明るく、暖かくなったのですっ。
「この『みつほし』さんを〜、〈雪〉の上に、そっと置いたらどうでしょう〜」
「それ〈雪〉が溶けて『みつほし』沈むじゃん?」
すぐさまネクターに突っ込むサフォーレでしたが、そこへイドロフォーが閃きましたっ!
「いえっ、是非とも溶かしましょう! 溶けた〈雪〉は蒸発しますので、蒸発した〈雪〉をヴィッダーとわたくしイドロフォーで処理致します、スミスクラッシの発熱体『みつほし』をどんどん沈めて穴を広げていきましょう!」
「なぁるほど」
「それでは〜『みつほし』を置きますね〜」
ネクターが置く『みつほし』は、瞬く間に蒸気を噴き上げて〈積雪〉をお溶かしになりましたっ。穴の広さはおよそ半尋ほど、ヴィッダーとイドロフォーが気化した〈雪〉を次々に処理しました甲斐ありまして、穴はずんずんと深く空いていったのですっ。
そして……、もうすぐイドロフォーが探知した深さまで掘り進めたとき……
「はっ、あの御髪はっ」
「ひ、飛行士にーさぁんぁぁぁぁぁぁあっっっ!」
ヴィッダーの隣にいましたサフォーレが、お声を張り上げた途端に忽然と御姿を消しましたので、ヴィッダーは少々驚きまして。
「御針子さ〜ん!」
「大丈夫でございますかっ?」
『うん、落ちたー』
「落ちましたでございますねっ!」
『まって飛行士にーさんまじで酒浸りのおからだ香りやばい酔うあと『みつほし』熱い止めかた解らん』
「サフォーレ、今しばらくの御辛抱をっ」
『うんうん、早よイドロフォー』
イドロフォーは、先に〈浄化〉の必要を優先すべく、穴へ堕ちたサフォーレの元へ降りたのですっ。
『先ずはとくとご覧あれ! わたくしイドロフォーの得意の一、〈浄化〉の手合い! わたくしイドロフォーが見事に〔蜜酒〕を〔真水〕へと成して差し上げますっ。何せ、この〈浄化〉は〈惑星フラジール〉の二代目でありますフローランスと』
『緒言はいいから早くして!』
『わたくしイドロフォーの話を遮らないでくださいませっ』
『ヴィッダー、たすけてー!』
穴に落ちたサフォーレは、結局、ヴィッダーがお造りした綿綱でなんとか上へと引き上げまして。
「はー。めちゃ熱かった」
「〈雪〉でだいぶ御洋服が湿りましたね〜」
「飛行士にーさんのおからだもそーとー〔蜜酒〕漬けになってたよ」
「〈御掃除〉しましょうか〜」
「いいや結構です布蔵って」
「は〜い」
『みなさまっ! このわたくしイドロフォー、〔蜜酒〕の〈浄化〉完遂致しましたっ!』
イドロフォーの〈浄化〉完了のお知らせを頂いたヴィッダーは、〔真水〕で満たされたこととなりましたその御身体から、イドロフォーとヴィッダーとで即座に水分を除去させていただきましたっ。何せ、これまで凍ることのない〔蜜酒〕で保たれていた御身体の中身が〔真水〕に変わりましたので、ヴィッダーやイドロフォーでさえ常に水流を作り出していなければたちまち凍り付くようなこの場所で御身体を〔真水〕で満たしておくままにはいかないと、『みつほし』稼働の間に思いついた次第でございますっ。
しかしながら、ようやく掘り下げたのは良かったのですが、どう上に引き揚げるか少々悩みましてっ。
「わたくしイドロフォーとヴィッダーでも、密度の高い御身体を持ち上げるのは少々骨が折れますっ」
「綿雲に骨は無いでしょーが」
「はいっ、言葉の綾でございますっ」
「でもどーするの、さっきみたいに綱作ってもらって引き揚げる?」
「それは、サフォーレの御身体だからこそできたことでございますっ。サフォーレよりもずっとずっと密度のある御身体は、なかなか」
「は〜い」
「なんでしょう、ネクター」
「一番目の雫さんの綿雲をですね〜、衛士さんの御身体の下から増やしてみてはいかがでしょう〜」
「はっ! それは名案でございますよっ!」
「早よ早よ」
ネクターの機転もあり、ヴィッダーは〈雪〉の下から御身体の下へと潜り込み、目一杯の綿雲を放出したのですっ! そうしましたら、掘り下げた穴の大きさよりもずっとずっと多くの綿雲が放出されてしまったたようで……
「わーを、飛行士にーさんもぽーんだね」
「しっかり高く飛びましたね〜」
「ヴィッダー! 綿雲をお造りしすぎですっ」
瞬く間に穴を埋め切ったものの、ついつい綿雲の質量と弾力で貴方さまの御身体を空へお高く弾き上げてしまいまして……すっかり夕焼け雲になりましたヴィッダーは、御身体を難なく受け止めました大量の綿雲を素早く糸にしながら、皆様が見上げます綿雲のかさを減らしていったのです。
間もなく皆さま御目の届く高さまで綿雲のかさを減らしたとき。
「あぁぁぁぁぁぁぁ飛行士にーさん!」
「さ、サフォーレ? どうしたのですか、先ほどから随分とお気持ちが昂っておいでではっ」
「にーさんがぼくの作った服、一番たくさん着てくれてたの! 上客なのよ上客」
「国の皆様の中でも、衛士さんはお洒落さんでしたものね〜」
イドロフォーは驚かれておりましたが、ヴィッダーはサフォーレの御気持ち、とってもよく判ったのですよっ。
「あぁまってにーさん息聞こえないまじで聞こえない本当に動かないんだぁ……」
「畏まりましてサフォーレ、そろそろそこを御どきくださいませ」
「辛! 辣! イドロフォー、さすがカミナリさんのお子さん!」
「一番目の〈雫〉さんのお仕事は〜、このままここでなさるのでしょうか〜?」
ネクターの疑問に水塊のかぶりを振りましたヴィッダーは、出来るなら〈雪風〉無く温和で大気の正常な場所が有難いことを告げ、まもなく寒冷離島の物見櫓へ向かうことにしたのですっ。
「飛行士にーさんの御身体、めっちゃくっちゃ重いー!」
「それはもう、主さまが工夫を凝らして詰め込める限り詰め込みました主さまの綿雲が詰まっておいでですのでっ」
「綿雲じゃこんな重さにならないでしょーよ!」
「ですから、地肌に張りと弾力が表れるくらいにこの上なく詰め込んだのですっ」
「……そーゆーこと?」
御身体を引き揚げた直後から、ヴィッダーや皆さまの御力不足に気が付きましたが、今更新たに住人の方々をお呼びするわけにはいかず。
「御針子さ〜ん、頑張ってくださいね〜」
「お針子根性ー! うおおおおおおおおおおお……ん、にーさん重い」
サフォーレには渾身で力を振り絞っていただいて、ようやく物見櫓まで到達することができまして。
「あーーーーーー飛行士にーさんごめんどすん降ろす」
「はわわわわっ、わたくしイドロフォーがお手伝い致しましたよっ」
「だってもう限界ぱたーするもううん」
「〔御役目〕が終わりましたならば、すぐにそこをおどきくださいませ、サフォーレ」
「待ってほんとーに辛辣すぎるのほんと」
「主さまより御預かりの〈コア〉をお持ちですヴィッダーが次の作業工程へ移れませんので」
ヴィッダーは、御身体の傍でお倒れになっているサフォーレに寄り添いまして、主さまより御預かりした〈コア〉をお見せしました。サフォーレには、ヴィッダー以外にも〈コア〉を持つ〈器〉の〔治療〕が為せますよう、詳細な工程を覚えていただきたかったので。
なので、早速ではありますが、サフォーレに起きていたただいてヴィッダーの手解きをご覧頂くことに相成りましたのですっ。
「うーわ、飛行士にーさんの御身体めっちゃ反るじゃん……はー、そこが縫い目……を、切って? あ、御身体戻して……糸するんとしてって、うわー結構ばっくり開くんだぁ……しかも、そうやって綿詰まってて? うーわ裂けても飛び出ないようにもしてあるんだぁ。さすがカミナリさんの針遣い……で? この〈コア〉を……あぁ、そこに差し込んで? そうやって糸介すのなるほどぉ?」
「ふふっ。サフォーレがとても興味津々ですねっ」
「〈コア〉の御戻しが終わりましたら〜、ネクターは衛士さんの御身体を〈御掃除〉致しますね〜」
その御言葉を聞いた途端、サフォーレがネクターへと振り返り、迫真の御様子で差し止めたのでございますっ。
「いや! お掃除ねーさんそれは大丈夫!」
「ですが〜、星ひと回り以上も〈雪〉の中でしたので〜」
「むしろさっきの〈浄化〉でにーさん雪がれてめっちゃ綺麗だから! にーさんの尊厳のためにもそれは駄目!」
「は〜い」
「よし。ごめんね次見せてお針子ヴィッダー御師匠様」
ヴィッダーは、サフォーレが真剣に作業工程を見守ってくださる中、主さまより御預かりした〈コア〉を無事に御身体の中へと縫い込み切ったのでございます。
「あとは、どうなれば成功なの?」
「御説明はぜひともこのわたくしイドロフォーがっ」
「うんうん、頼むー」
「まず、無事に寝息が始まるのを待ちますっ」
「寝息?」
「〈コア〉はしばらくしますと初期動作が始まりまして、体内に詰まる綿雲のさらに内部に留まっております吸気の循環、すなわち〈呼吸〉が行われますっ。主さまの作法に御間違いがなければ〈呼吸〉は次第に寝息へと変わりまして、御身体が活動を始めます」
「へー?」
「〈コア〉自体の〈浄化〉と〔改良〕は主さまが完遂されております故、無事に寝息が聴こえればヴィッダーの御繋ぎ頂きました〈コア〉の再稼働は成功でございますっ」
「寝息こいー。にーさんの寝息ー」
「御洋服だけでも〈御掃除〉しましょうか〜」
「お掃除ねーさんがそれで良ければそうしてて」
「は〜い」
「しかしながら、主さまの新たな〈浄化〉がそもそも解決なされていない場合、〈コア〉そのものすら動くことはなく」
「にーさん! 息して! 〈呼吸〉思い出して!」
「〈呼吸〉とは〜、思い出すものなのですか〜?」
「にーさん! ほんとまじ帰ってきて!」
いよいよ収拾のつかなくなってきましたサフォーレをお止めして、ヴィッダーたちは〈呼吸〉が滞りなく始まることをしんしんと見守りました。
そして、ゆるく閉じていました口許が震えて。
開きました口から穏やかな寝息が聞こえまして。
「はっ!」
「あら〜」
「にーさん!」
次に、息を大きく吸い込んだところを目の当たりにしまして。
ヴィッダー、それがとても嬉しくて、ついこう叫んでしまいました。