その枯木は狂い咲き。
意思の無い故に季節を取り違えて花が咲く。
真白く円らな五枚の花弁が、花總を揺らして微笑んでいる。
ただ揺れる花弁に、雫が落ちる。
思い出と共に枯木を湿らす。
「済みません、わたくし」
「かまいませんよ〜」
「未だ、引き摺ってしまいますね」
慈雨を齎らす水塊の指先が自身の雫を拭い払う。
「これほどまでに切ない想いは、初めてでございます」
中性的なあぶく声が三角帽子へひとつ目を瞑る。
「イヴさ〜ん」
「はい、何でしょう?」
「きっと、喜んでくださいますよ」
三角帽子に陰る前髪の奥で、甘い垂眼が微笑んでくれる。
「フラジールだけではありません。わたくし、シドにも新たな〈船〉を作れぬ終いでした。今となっては、シドの〈コア〉を抜き取ってわたくしの手許で浄化を試みるより他、わたくしに出来ることはありません」
「衛士さんは、結局、御天道様と仲直り出来なかったのですか?」
雫がかぶりを振り、三角帽子へとひとつ目を笑む。
「シドは、その身の内では判っていたのですよ。フラジールを助けるための方法と、ピピに新たな身体を与えるための手順はあのようにするしか他なかったこと。ですが、身の内では判っていても、フラジールの御身体を灰にしたソラの行動を、どうしても赦すことが叶わなかったのでございます。そのために、シドはソラの〈光〉を拒絶し、渇かなくなった御身体のまま、フローランスの御造りになる〈蜜酒〉を呑み続けて、〈蜜酒〉の力無くしては身動きの取れないほどまでに身の内を滅ぼしました。あそこまで〈蜜酒〉の染み渡った御身体では、わたくし、シドの〈コア〉を抜き取るだけで精一杯で」
「それほどまでに、衛士さんは森の大樹さんを深く想っていらしたのですね〜」
「シドもフラジールも、お互いが皆様の拠り所でもありましたので、お互いに譲れない立場でもあったと思われます。フラジールが他の方にはなさらない揶揄いもシドにだけにはなさっていて、でも、フラジールの揶揄いを真っ向から引き受けてくださるシドを、フラジールも……」
水塊が口を結び、三角帽子を見る。
また、話がそれちゃいましたね、と二人で笑う。
「本日が、フラジールの居なくなった刻より星ひと回り。真夜中には、あの日と同じ星の瞬きが夜空を闊歩いたします」
二人で共に空を見上げる。
空は青く、澄み渡る。
「ミュラーの居ない今、精確な星回りは判りかねます。なので、フローランスの空見加減ではありますが」
「三番目の苗木さんなら、お間違いはないでしょうね〜」
「フラジールが居りましたなら、とても誉れ高い二代目フラジールで有りますね」
森の樹々がさわめき、今一度静寂が宿る円形広場。
「ネクターは、まだお戻りにはなりませんか?」
「もう少し、お花を眺めて居ようかと」
「かしこまりましたっ」
水塊が雲を纏い、天上へと去っていく。